メール送信で書類送検

woman wearing violet coat while standing near mailbox

警視庁は、自動車暴走事故の被害者に対してメールで中傷したなどとして、女子中学生を書類送検する方針である旨、報道がありました。本日は、メールがもたらす不適切な行為について、考えてみます。

交通事故で家族を失った遺族の団体にメールを送信し、遺族に対して「殺してあげようか」「死ねばいいのに~」「祝事故死亡5周年よっw」「殺せ殺せ死ね死ね」など脅迫、中傷の言葉が含まれていたそうです。

その他にも、遺族が地方都市で講演を行った際、講演主催者に対しても、「殺してあげようか」「イベントやる意味あるのか」などと、誹謗中傷するメールなどをおよそ10通送ったそうです。

この事件の背景には、二つの要素があると考えられます。一つは、メールという非対面の発信ツールがもたらす罪に対する意識とモラルの低さです。10年前と異なり、学校、職場、友人知人に加えて、SNSなどの眼に見えない環境に置かれる時間が年々増えています。それゆえ、一度教育したから大丈夫というものではなく、世代や職業、置かれた環境に応じた継続的なモラル教育が対策として考えられます。モラル教育の範囲や内容についても、昨今の社会現象を踏まえて、見直しすることが望ましいと感じます。

もう一つは、被害者遺族に関する報道を受けて、人が感じる気持ちのコントロール力です。事故や災害の報道に接した時、自分の置かれた環境によって、感じ方が異なります。女子中学生は、自分が置かれた環境と、遺族が置かれた環境を比較して、何らかの感情が湧いたからこそ、その感情をメールで伝える行動になったはずです。

自分が感じる気持ちをコントロールするには、出来るだけ多くの知識を吸収し、多くの学習を行うことに尽きます。多くの科目や種類の知識を習得することで、何かが起こった時、新しい事象に接した時、突然に受けた衝撃の時などに、自らの過去の経験や習得した知識をもとに考えます。その際、多くの知識や経験が生きます。

最近は、SNSやテクノロジーの進化が進み、知識を習得するよりも先に、画像や受信という形で目や耳に新しい衝撃が入ってきます。小中学校では道徳、高校では倫理社会の科目がありますが、時代の流れに応じて、小学校では道徳に加えて倫理社会まで、中学校と高校では社会の変化に応じることができる感受性教育など、新しいカリキュラムを検討してはどうかと考えます。

もし、30年前だったら、恐らく今回の事件は起こらなかったはずです。誰かに感情を伝えるには、手紙を書いてポストに投函するか、電話をかける必要があるからです。手紙を書いて読み直し、最寄りのポストまで投函しに行くという時間的な余裕の中に、感情を抑える機会がありました。電話番号を調べて、話の要点を考える機会もあったはずです。

仮に、メール送信は、送信ボタンを押下してから翌日にしか発信しない仕組みや、記載内容に事件性や不適切な文言が含まれていないかを確認する仕組みがあれば、思い止まることもできたかも知れません。

社会の信頼に応えていくことを経営理念に掲げる企業は、社会の変化に応じて、教育カリキュラムを見直したり、仕組みの修正をを考える部署や時間を備えていくことが、求められます。こういう事業活動が、コンプライアンス経営の根幹になっていきます。経営者の皆様は、いかがお考えでしょうか。

コメント