大手生保社員による金銭詐取事件

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大手生保社において、100名超の従業員が顧客から不正に金銭を受け取っていた旨、報道がありました。報道によると、約500名のお客様から合計31億円を契約と異なる事由で、不正に受け取っていたそうです。この規模になると、もはや「一部社員のモラル問題」では説明できません。該社のニュースリリース書面では、管理不足・教育不足・結果主義といった“よくある原因”が並んでいましたが、それだけでは本質に届かないと感じています。本当に問うべきは、「販売していない投資商品を提供しようと考えた背景」という“発想の深層”です。

1.表層の原因では説明できない“異常事態”
金融商品取引法に抵触する行為であることは、業界の人間であれば誰でも知っています。それでも、100名超の社員が同じ行動に至りました。これは、個人の倫理観ではなく、組織の構造が生み出した問題と考えるべきです。

2.完全歩合給制度が生んだ“生活困窮リスク”
該社は、3年目までは固定給、4年目以降は完全歩合給を採用しています。もし行為者全員が4年目以降の社員だったとすれば、次の構造が見えてきます。
 〇 成績が良くない月は収入が激減し、生活費が不足する
 〇 「今月だけ」「返せばいい」という心理が働く
 〇 親しいお客様をターゲットにする誘惑が強まる
もちろん、生活が苦しいからといって犯罪行為が許されるわけではありません。しかし、生活困窮が100名規模で発生していた可能性を考えると、問題は極めて深刻です。

3.“お客様のお金が欲しかった理由”を掘り下げる
ここが最も重要なポイントです。
① 生活費の不足を補うための“苦し紛れ”
「返せばいい」「一時的なもの」という誤った自己正当化が働く
② 成果プレッシャーとインセンティブの歪み
完全歩合給は、成果=生活。この構造が、倫理の境界線を曖昧にする
③ お客様との距離の近さが判断を鈍らせる
営業職特有の“親密さ”が、逆に倫理判断を弱める
④ 組織文化として“グレーの許容”があった可能性
小さな例外が積み重なると、違和感が消える
「みんなやっている」という空気が最大のリスクです。

4.内部統制が機能していれば、兆候はつかめたか
生活困窮者が増えれば、必ず何らかの兆候が出てきます。
 〇 保険料などの口座引落ができない
 〇 会社に金融機関から督促の電話が入る
 〇 社員の生活レベルが急激に変化する
 〇 月末になると、社員の顔色が良くない
 〇 個人口座への入金を求める連絡をしている
こうした“生活の異変”を把握できていなかったなら、内部統制が機能していなかった と推測できます。社内風土を変えるだけでは不十分で、社員の生活環境そのものを把握し、支える仕組みが必要です。

5.業界動向を踏まえた制度変更を怠った“経営判断の問題”
過去には、国内生保で同種の大型事件が発生し、その後多くの生保が販売員の固定給へ移行しました。にもかかわらず、完全歩合給を継続したのは、業界動向の把握不足、リスク感度の低さ、 経営判断の遅れといった課題があった可能性があります。経営陣が時代の変化に気づけないことは、組織にとって致命傷になりかねません。

6.どの組織にも起こりうる“危険な構造”
今回の事案は、保険業界だけの問題ではありません。
 〇 数字偏重・個人成績偏重
 〇 インセンティブの強さ
 〇 生活困窮者の放置
 〇 現場の沈黙
 〇 小さな例外の積み重ね
 〇 経営陣の情報不足
これらが揃えば、どの業界でも同じことが起こりうるのです。

<おわりに>
不正は“行為”ではなく“発想”から始まり、発想が実行されると必ず前兆があります。その前に必ず、「その発想が許容される環境」 が存在します。今回の事件は、どの組織にも起こりうる“警鐘”です。社員の生活レベル、評価制度、組織文化、経営判断。 これらを総合的に見直すことが、再発防止の第一歩になります。
経営者の皆様には、「自社のどこに同じ構造が潜んでいるか」 を考える機会にしていただきたいと思います。役員同士が、このテーマについて意見交換し、自社が陥りやすいリスクや自社にある課題を洗い出し、解決策を論議することが、経営の役割だと考えます。

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